睡眠よもやま話

第五話アルコールと睡眠

睡眠への影響

アルコールは,睡眠に様々な影響を与えます。これまでの研究によると,高用量のアルコールではREM睡眠が減少して深い眠りが増加します。寝つきは良くなりますが,睡眠の後半に交感神経の活動が高まって睡眠の持続性が低下します。

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一方,低用量のアルコールでは,REM睡眠と深い眠りに一定の効果がみられませんが寝つきが悪くなる傾向と睡眠時間が長くなる傾向がみられます。

このようにアルコールの量によって異なった睡眠への影響がみられます。また,慢性的にアルコールを摂取すると,REM睡眠が減少し深い眠りが増加する傾向となります。寝つきが悪くなり,睡眠が分断されやすくなるため睡眠時間が減少してしまいます。

このように最初は,アルコール摂取で寝つきが良くても慢性的に摂取することでその効果がなくなるのでアルコールの摂取量が増えてアルコール依存症となる危険性がでてきます。

アルコールの常用を中止するとREM睡眠が増加します。寝つきが悪くなり不眠がちとなります。この不眠は長期化しやすいため,せっかく禁酒できても寝つきを良くするために再びアルコールの飲酒を開始してしまう原因となります。

寝酒の悪影響

寝つきを良くするためにアルコールを飲んでいる人の多くがその効果を実感しています。しかし,アルコールの寝つきを良くする効果は,連用して3-7日で耐性がでてくるため長続きはしないとされています。

一方,アルコールが睡眠を障害する作用は持続します。アルコールを睡眠のために使用している人を対象に不眠症,睡眠時間などの因子で調節して評価した研究によると,アルコールを飲む人は日中の眠気が強くなっていることが報告されています。十分な睡眠をとっても,アルコールを摂取した翌日は遂行能力を低下させるのに十分な注意力の低下が起こるとする報告もあります。

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また,寝酒をする人はそうでない人に比べて疲れを感じやすいとする報告や睡眠不足ではアルコール摂取が少量であっても交通事故,仕事中や自宅での事故のリスクが高かったとする報告もあります。飲酒は,できれば週末など翌日に仕事がない日だけにした方がいいのかもしれません。

睡眠時無呼吸症候群への影響

アルコールを飲んで睡眠をとると上気道を広げる筋肉が緩んだり,鼻や咽頭の通気が悪化します。そのため,上気道が閉塞して睡眠中に呼吸が止まりやすくなってしまいます。

さらに,無呼吸後に覚醒反応が起こり呼吸は再開されますが,その覚醒までの時間がアルコールの影響で長くなるため無呼吸の時間が長くなってしまいます。少量のアルコール摂取であっても無呼吸の数が著明に増加します。特に入眠後1時間以内では,アルコールの血中濃度が高くその影響は大きいとされています。

アルコールを摂取する睡眠時無呼吸症候群患者では,心臓発作,脳卒中,突然死のリスクがさらに高くなることも報告されています。また,アルコールを週に14杯以上摂取する睡眠時無呼吸症候群患者は,アルコールを摂取しない患者に比べ事故の頻度が約5倍になるとの報告もあります。

様々なアルコールの悪影響

睡眠時に下肢が不随意に動き,睡眠の質を悪化させる周期性四肢運動障害という疾患があります。アルコールを1日2杯以上飲む人では,この睡眠時の周期性四肢運動が2-3倍に増加して睡眠を分断化しやすいとする報告があります。またアルコールは,胃炎,胃食道逆流症,頻尿を起こして睡眠を分断化しやすくします。

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特に高齢者では,寝る前にアルコールを飲むと睡眠の後半に喉が渇いて水を飲みに行く時や尿に行く際にふらついて転倒する可能性が出てくるので注意が必要です。

アルコールは睡眠薬と同時に内服すると,記憶障害やもうろう状態,いびきや無呼吸を悪化しやすいため併用してはいけません。

このようにアルコールは,それ自体が睡眠の質を悪化させるばかりでなく睡眠時の病気を悪化させ,薬との併用で悪い影響が出現するのでできる限り控えた方がいいと考えられます。

(Disturbed sleep and its relationship to alcohol use Stein MD, et al. Subst Abus 2005; 26: 1-13より)

By 川原誠司 (11/March/2010)

第四話睡眠時無呼吸症候群と高血圧

睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者さんに高血圧の人が多いことは昔から知られていました。大体,40-60%の患者さんが高血圧を合併していると推測されており,逆に高血圧患者さんに睡眠検査をおこなうと約1/3にSASが認められたと報告されています。これらの報告から考えられることは,SASと高血圧は直接的に関連するのではないかということです。しかし,両者の関連について明らかになったのはつい最近のことです。それは,SAS患者さんの多くは肥満を伴っており,肥満は高血圧の最大のリスクファクターであるため,SAS患者さんに高血圧が多いのは肥満の影響が大きいためと考えられていたためでした。

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15年程前から米国で始まった大規模研究がこの論争に決着をつけました。この研究では,まず6000人以上の一般健康人に睡眠検査を行ない,SASの有無を調べました。具体的には,1時間当たりの無呼吸と低呼吸の和である無呼吸低呼吸指数(Apnea-hypopnea index: AHI)を調べて,AHI>5の人達をSAS,5以下の人達を健常者として,両者の血圧を比較しました。その結果,SAS群ではそうでない人に比べ,高血圧の頻度が有意に高いことが判りました。この研究では,性別,年齢,肥満度などはすべて同じにして比較してありますから,SASそのものが高血圧の原因と考えてもいいわけです。最新の米国高血圧委員会のレポートでは,二次性の高血圧(原因の明らかな高血圧)の原因の一つとしてSASが新たに書き加えられています。

勿論,SASがよくなれば高血圧のすべてが良くなる訳ではありません。高血圧で圧倒的に多いのは原因が明らかではない本態性高血圧です。SASを治療して高血圧を改善できるケースはほんの一部かもしれません。しかし,いくら血圧降下薬を飲んでもよくならない時は,SASを考える必要があります。

もし,SASがあった場合には早めに治療に取り組むべきです。幸い,SASに対しては,nasal CPAPという非常に有効な治療法があります。血圧が高い方で,通常の高血圧治療ではなかなかよくならない方は,ちょっとSASについて考えてみて下さい。

By 睡眠センタ−長 赤柴 恒人 (6/November/2009)

第三話スローでもいい

外来に眠れなくて悩んでいる患者さんが訪れる。診察室ではどのように眠れないのかを良く聞いて診療にあたる。寝つきが悪い人,夜中に目が覚めて困っている人,目覚めが早すぎる人,と眠れない症状は多彩だ。ところが,どのようによく眠れるようなりたいのか伺うと,皆さんが同じように答える。

毎晩眠る直前まで活発に過ごし,ぐっすりと眠り,朝はすっきり目覚めると同時にしっかり活動できるようになりたい,これが望みだ。快眠という言葉がしばしば使われるが,この言葉が表すのもほぼ同様の理想的な眠りのイメージと思う。これを基準にしたら,誰の眠りも不満足なものになってしまう。

果たして,スイッチを切るように急に活動から眠りに入り,スイッチが入ったように急に目覚めて都合良く活動できるのだろうか。生き物の体は機械とは違う。生き物が休息をとる仕組みはもっとデリケートにできている。

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赤ん坊がぐずると母親は手を握る。手が温かくなっているようなら,赤ん坊が眠たくてぐずっていることを知る。スイスのバーゼル大学睡眠研究グループは,大人でも眠る時刻の1-2時間前から手先や足先の皮膚温が上昇し,この皮膚温上昇の大きさと眠気の強さが比例することを発見した。睡眠は,体内の温度を積極的に下げて脳と体をしっかり休息させるシステムだ。睡眠の前には,その準備として皮膚から熱を逃がす仕組みが働き体内の温度を下げ始める。この時に皮膚温が上昇し,ぽかぽかと感じる。こうして体内の温度が十分に下がると脳と体は睡眠に入る。また,早朝は起きる時は2時間くらい前から体の内部体温が徐々に上がり,活動の準備が始まる。体の内部温度がさらに上がり,活動に適した状態になるには,起床してからさらに1時間位はかかるのが普通だ。

眠る直前まで活発に頭が働かせようとせず,夜はゆったりと過ごして眠気を感じてから床につけばいい。1時間たったら本格的に目が覚めてくるのなら,あまりすっきりと目覚めることができなくともよしとする方が自然だ。このような生き物としての睡眠のしくみを知っておくだけでも,気が楽になる。理想的な眠りのイメージを求めるだけでではなく,睡眠と上手につきあっていくことが,健康のためには大切だと思う。思いこみや無理は禁物だ。

By 日本大学医学部精神医学講座 内山 真 (30/July/2009)

第二話“睡眠時無呼吸症候群と交通事故”

睡眠時無呼吸症候群と交通事故の関連性について,これまでに多くの研究がされています。そのほとんどの研究結果で睡眠時無呼吸症候群患者は,交通事故の危険性が高いことが示されています。

実際に自動車を使った実験でも,睡眠時無呼吸症候群患者は健常人に比べ,障害に対する反応時間が長く,自動車の停止までに時間がかかり,衝突回数も多いことが報告されています。

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興味深いことに眠気のない睡眠時無呼吸症候群患者であっても,交通事故を起こしやすい事も報告されています。また,睡眠時無呼吸症候群患者は飲酒運転よりも交通事故を起こしやすいとする報告もあります。

一方,これらの運転能力の低下は,CPAP(持続気道陽圧)療法によって適切な治療を行うことにより短期間で改善し,健常人と同程度にまで改善するとされています。

眠気などの症状に乏しい睡眠時無呼吸症候群は発見されにくく,そのような患者が自動車を運転していることは危険なことです。自動車を運転する機会の多い人で,いびきのひどい人,何度も事故をおこしそうになったことがある人などは一度,睡眠検査を受けてみてはいかがでしょうか?

By 川原誠司 (28/May/2009)

第一話“良い眠りへの心がけ”

ここでは,“良い眠りへの心がけ”と題してご紹介いたします。

睡眠は,正しい生活習慣を身に付けることが大切です。以下の8項目をご覧になって,参考にしていただければ幸いです。

想像以上に,この心がけは重要と考えていますので・・・。

①ベッドや寝床では長居をしないこと。

ベッドや寝床は寝る場所と心得て,朝起きたらすぐに出ましょう。また,夜寝る直前までは,ベッドや寝床に入らないようにすることも大切です。

②無理に眠ろうと言い聞かせないこと。

無理やり眠ろうとすれば,神経が過敏になり眠りづらくなります。たとえば,眠るときに羊の数を数えることがよく知られています。これは,眠れるかどうかを考えないようにして,数を数えることでその注意をそらしているのです。

③寝室に,目立つように時計は置かない。

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時計の音や文字盤からの光があると,かえって眠れなくなります。もし,“眠れない”と感じるのであれば,時計を意識しない目立たないところに移動してみてはいかがでしょうか?もちろん,よく眠れている方はこの例外ですが・・・。

④就寝前の運動は避けること。

よく誤解されていますが,就寝前の運動は寝つきを良くしません。かえって,運動により気持ちを高揚させて,寝つきを悪くします。就寝の2時間前までに,運動を終了するようにしましょう。

⑤就寝前の喫煙,アルコールやコーヒーを飲むことを控える。

喫煙をすると,ニコチンが刺激物質となり覚醒しやすくなります。コーヒーは,飲んで1時間位経過すると体内にカフェインの分解産物が生じ,これが覚醒を促します。最後にアルコールですが,催眠作用で寝つきは良くなります。しかし,アルコールを飲んでから体内で分解された物質には,神経を興奮させる作用があります。結局のところ,夜中に目が覚めて,かえって眠りにくくなるのです。

⑥毎日決まった時間に起きるようにし,
 眠るようにもしましょう。

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睡眠のリズムを規則正しくすることが大切です。不規則な睡眠習慣は,眠りを悪くします。『週末不眠症』という言葉がありますが,これは仕事が休みの日に,睡眠のリズムやパターンに変化が生じてしまうことをいいます。ですから,睡眠のリズムは規則正しく維持するようにしましょう。

⑦就寝前や就寝中に消化が悪い食事は避ける。

できるだけ,食事は就寝前や就寝中に控えましょう。また,寝る前の多めの水分もよくありません。もし,夜中に目が覚めても,冷蔵庫などを開けて食べる習慣は避けましょう。

⑧日中はなるべく眠らないこと。

もちろん,ここでは昼寝 (シエスタ) が悪い習慣だと指摘しているのではありません。しかし,午後の昼寝をあまりに長く楽しめば,夜は眠れなくなる悪循環が生じます。日中しっかりと起きていれば,夜の眠気が強まり寝つきもよくなることでしょう。

 

以上,如何でしょうか?皆様の眠りが良きものとなりますよう,これらの心がけが役立つことを切に願っております。

By 赤星俊樹 (06/April/2009)

ひつじ